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さらば、友よ [カレーなるインディア]

5年前

5年前 / バラナシにて, Mar 2005 India

5年前、僕はインドにいた。

ガンジス川河畔の聖地、バラナシ。街の中心、ダシャーシュワメード・ガート(バラナシ最大の沐浴場)は、旅行者や浮浪者、正体不明者たちでいつもごった返している。その喧噪から逃れるように川の流れに沿って北へ。牛、ヤギ、犬あるいは人類が産み落としたウンコを踏んづけないように、斜め45度前方の地面をひたすら注目して歩くこと約37分。ツーリストの影が全くない閑静な僻地に、看板のない隠れ家的安宿がある。宿のボロさはさておき、半径500メートル以内にレストランや商店の類いがないので不便なことはなはだしい。はたしてこんなところに泊まる旅行者がいるのだろうかと経営者の懐に一抹の不安がよぎるのだが、そんなことは100パーセント余計なお世話なのである。

バラナシに漂着する数カ月前、僕はその場末宿に住む行き先不明の旅人と、バングラデシュのダッカという街に潜伏中に、巨大な悪の秘密組織の陰謀によって引き合わされ、ひとまず知った顔という間柄になっていた。そして、バラナシの街に着いた二日後、安食堂の片隅でオクラカレーを食いながら「やっぱりカレーはオクラだよな」とぶつぶつ独り言をつぶやいているとき、ふいにそのオトコと再会してしまったのである。思えばそれが風雲暗黒時代の幕開けだった。以来、場末宿の四畳半のテラスでは、オトコたちの空しくも奇妙に心ときめくドラマが繰り広げられたのである。

ここで、このドラマの主な登場人物を紹介しておくことにする。

まず、運命の再会人、ヤサグレのバングラ商人改め炎の妄想料理人ことパーパド木田。パーパドとは薄さ0.5ミリのインド風巨大せんべいのことで、彼の胸板がそれに匹敵する薄さだったのでこのリング名を与えられたが、本人いわく、中身はソートー分厚いそうである。しかし、未だそれを確認した者はいない。
次に、パーパド木田の大学時代の旧友で、バラナシで再会を果たしたという幻のマタドールことジェイ。ジェイといえば、その昔一世を風靡した格闘マンガ「魁!男塾」の中で、誰もが刀や槍を持て闘っているにもかかわらず、無謀にも己の拳だけで闘うワイルド野郎である。なんとなく最初のイメージがそのジェイだったので、敬愛といつくしみを込めてそう呼んでいる。
そして、私こと僕。
ドラマはこの三十路前の3人のオトコたちによる話だが、その他にも、謎のドイツ人ガンガー・スイマー、イタリア人&日本人わけありカップル、101匹の野ザル、超攻撃的メオト鷲など、正体不明の生き物がこの場末宿を取り巻いていた。

さて、いよいよここからが本題である!とは言ってはみたものの、一体何を書いたらいいのか分からない。書くことが山ほどあるようで、実は書くに値するほどのことはさっぱり見当たらないのである。確かに僕たちの間には、斬新的エネルギーと飛躍的アイデアが飛び交い、道標を失いかけた現代人の進むべき道を指し示すかなり高度な連続オモシロトークを繰り返していたはずだが、今となってはそのほとんどを思い出せない。記憶の片隅にかすかに残っていることといえば、幻のマタドール列伝や無人島乗っ取り計画、伝説の中華丼VSカツ丼デスマッチ、ウンコにまつわるエトセトラなど、それらをありのまま書いてしまうと、たちまちあらゆる方角からケーベツ光線の十字砲火を浴びそうなことばかりである。しかしだからといってここで話を終わらせてしまうのは悔しいので、このままじわじわと脇道方面へと話を進めていくのであります。

それは、ある風の強い日のことだった。突然パーパド木田が、何かの霊にでもとりつかれたように一心不乱にキムチを漬け始めたのである。大根をゴーカイにダイコン切りすると、そのままノー・ブレスでニンニク30片と格闘。間髪入れずに赤トウガラシをバッサバッサと切り刻み、追い手にチリ・パウダー、返す手に塩でトドメを刺す。最後にそれらをペットボトルに力ずくでねじ伏せる。そうして出来上がったニンニク過剰気味超ド辛オイキムチを前に場内はにわかにざわめき(3人しかいないけど)、恐る恐るパリリッとかじっては、声を合わせて「ウマイ!」と大合唱した。それにしてもキムチを漬ける旅行者というのは、後にも先にも彼だけではないだろうか?韓国人もさぞかし驚きのことだろう。「コリアびっくり」

さて、気を取り直して、次にジェイについて触れておきたい。彼はやたらめったら血の気が多く、少々血糖値が高い。場末宿の周辺には大規模な野ザル窃盗団がたむろしており、住人の洗濯物を始め、少々甘みの足りないミカン、5年モノのビーサン、残り3本のマッチ箱などをかっさらっていくのである。ある日、その傍若無人ぶりに業を煮やしたジェイは、オモチャ屋のボスから銀玉鉄砲を密輸し、野ザル窃盗団をバッタバッタと撃ち仕留めては、口の端で「フッ」とニヒルに微笑んだのである。彼の夢はひとまずマタドールになり、牛殺しの名声を得た後、密林の奥地に潜む人食いベンガル・タイガーからヘッド・ロックでギブ・アップを奪い、その毛皮を4畳半の部屋に敷き詰めることだという。もし本当にそんなことをしたら、普段は温厚なムツゴロウさんからこっぴどく叱られそうだが、年齢的にこれ以上の体力的進化の道が閉ざされた現時点で、野ザルの相手をするのが限界であるところを見ると、やはり彼のマタドールとしての勇姿はマボロシなのである。

ドラマは、そんな七癖あるオトコたちによって来る日も去る日も繰り広げられた。パーパド木田の作る数々の妄想料理の俗悪な美味さに身と心を奪われ、隠微キテレツ跳梁跋扈たる夢想を語っては己のバカさ加減に一瞬自虐的になり、世間を強引にナナメ討ちすればたちまちフテクサレ、時には海よりも深く黙り込んだかと思うと、そのまま無制限ヒルネ一本勝負に突入する。それは端から見るとかなり鬼気迫る光景だったに違いない。ただ、今になって思い返してみると、なんだか妙にわけ知らずやさしい気持ちになっていくのである。

バラナシの街に居着いてかれこれ2カ月が過ぎようとしていた。不意にパーパド木田が「ビザの残りが少なくなってきたな」と誰に言うでもなくぼそっと呟いた。それにつられるかのようにジェイが「帰りの飛行機いつだったかな」と吐き捨てて煙草を旨そうにくゆらせた。僕は赤黒く焼けていくうつろな夕焼け空をただ眺めていた。遠くで野犬の遠吠えがした。生暖かい湿った風が沈黙の間を吹き抜けていった。夜がやさしく更けていった。

しばらくした後、旅人たちはそれぞれの旅路に着いた。ある者は幻の調味料「ショーユ」を求めて、北はカトマンズへ。ある者は名前だけは世界有数の美しさを誇る、東のカルカッタヘ。そして僕は30キロという途方もない重さのバックパックを引きずって、西はタール砂漠を目指した。

彼らとはまた世界のどこかで会える気がしてならない。その時は・・・

それでは
また会う日まで
さらば、友よ

nice! (28)  Comment (9)  Tag よもやま話

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Comment 9

ゆう

ドラマ小説を読んだ後みたいで 登場人物の
その後を知りたい、そんな気持ちになりました
インドに対しての知識は行った事のある知人から耳にした事や
《河童が覗いたインド 》を読んでたので、そのイメージが強いって事くらい
自分はまだ行った事がないので未知の国。。
ん。。一度は行ってみたいです
by ゆう (2009-06-21 10:57) 

こまっちゃん

いつも楽しく読ませてもらってます(笑)
by こまっちゃん (2009-06-21 19:07) 

アズサ

コリアびっくりに心奪われてしまいました。
ベタな笑いが大好きなのでしたヽ(#´)Д(`)ノ
by アズサ (2009-06-21 21:49) 

MINIPOLO

ショーユ、きっと自分も探し求めます。
by MINIPOLO (2009-06-21 22:03) 

うらなみ

ウンコにまつわるエトセトラ が一番読みたかった私って。。。
by うらなみ (2009-06-24 23:11) 

ryuchan7777

現代版深夜特急みたいで、とってものめり込みました!
旅に出たい気分になりますね。
by ryuchan7777 (2009-06-28 14:14) 

Abraxas XIV.

オクラカレー、今度試してみませう。
by Abraxas XIV. (2009-06-28 18:40) 

yazoo

やっぱ面白~ぃ
で、続編が気になるので
あれこれ想像していたら
最終的に月面でキムチを食らう結末に・・・・
どうなてる俺の妄想?
by yazoo (2009-06-30 21:26) 

lotus

なぜタイトルに * がついているのでしょう
by lotus (2010-07-30 01:39) 

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