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ハエヌキ [カレーなるインディア]

生活感

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マナリーのハト小屋風我が家にて, May 2004 India


インド北西部、山岳の街マナリーの外れにあるヴァシスト。僕はこの静かで平和な村で、一見平穏に暮らしているかのように装っている。しかし、それはあくまで表向きの仮の姿。人々はその裏で繰り広げられる想像を絶する恐怖の血みどろ凄絶バトルを知る由もない。

僕はとある隠れ家風の屋根裏部屋に住んでいる。一言で言えば、そこは巨大なハト時計の中のような部屋だ。四畳ほどの細長い部屋にシングル・ベッドが一基と下の階からくすねてきた椅子が一脚。三角に切り取られた天井の一番盛り上がったそのすぐ下に南南東に向かった小さな窓がある。その窓から頭を突き出すと、本当に自分がハト時計のハトになったようであまりイイ気分ではない。

小さいながら南向きの窓を開けると、そこから山のやわらかな風が吹き込み、「もうすぐ春ですなぁ~」と呟いてみたくなる。しかし、その風に乗って招かれざる客まで一緒に侵入してくるのである。

招かれざる客とは―ハエ。

窓を開けておくと、ハエどもは仲間を引き連れ、無遠慮に我が家へプ〜ンとなだれ込んでくるのだ。そして、人が朝食用に取ってある紙袋の中のチョコ・クロワッサンをあざとく狙ったり、人を小バカにしたようにコメカミをつついたり、部屋の中で勝手に大運動会を始めたりと、とにかくもう限りなく果てしなくうっとおしい。しかもそれが、人が瀕死の風邪で寝込んでいる最中に行われるとなると、とにかくもう爆裂的コンチクショウ的にうっとおしいのだ。

そして・・・・・・ついにキレた。

「キキキ、キサマらー。いいかげんにしないかー。」僕はベッドから血走り目で飛び起きると、右手にそこがツルツルに擦り減ったゴム草履を握り締め、口から炎を吐き、「ガオーッ」と雄たけびを上げた。

しかし、今更気づくことでもないのだが、ハエというヤツはとてつもなくすばしっこい。デタラメにゴム草履をブン回しても、ハエどもはその力任せの攻撃をハラリッ、ヒラリッとかわしてしまう。ヤツらと戦うには、やはりそれ相応の武器と研ぎ澄まされた集中力をもって、蝶のように舞い、蜂のようにトドメを刺さなければならないのだ。

そして・・・・・・早々とアキラメた。

ところが、ある時僕はハエどもの致命的断言的弱点を大発見してしまったのである。それは、ヤツらはすべからく寒さに弱いということ。ここマナリーは山間部に位置するため、昼と夜の気温差がヒジョーに大きい。日中は、日が射すところでは30度近くまで上昇するが、夜は一転、気温は一桁にまで急降下する。風が身に凍みる頃になると、ハエどもの動きは格段にスローモーになるのである。そうなると、中空を飛んできるハエも、何だが眠たげにゆらゆらと浮遊しているふうになり、ゴム草履一振で意外なほど簡単に空殺できてしまうのだ。

僕は日が沈むと同時にゴム草履を両手に握り締め、オリャッ、トリャッと一人で大騒ぎしながら両腕をブン回し、動きの鈍くなったハエどもをバッタバッタと大虐殺した。僕は一応仏教徒の端くれではあるが、同時に現代に生きる野武士でもあるので、我が安眠を妨げるやるは容赦なく斬り捨てゴメンなのだ。

そうやって20分も死闘を演じると、巨大ハト時計の中はゴッド・ファーザーのテーマが聞こえてきそうな一大殺戮現場と貸し、辺りに散乱した干しぶどうのようなハエの屍の中で、一人の阿修羅が両手にゴム草履を握り締め、息を切らせながら仁王立ちしているという世紀末的光景となる。

だが、これで戦いが終わったわけではない。どーしても残り2匹のハエをしとめることができないのである。その2匹のハエは一般蝿とは訳が違い、寒い中でも昼間と同じように音速で飛び回るのである。しかも、止まっているところを狙おうとも、我が身から四方八方に乱れ散る殺気をいち早く察し、こちらが射程圏内に入る前にスバヤク飛び去ってしまう。ムムムッ、明らかにタダモノではないな。間違いなくヤツらは蝿一族の中でも「ハエヌキ」であるに違いない。

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mincer

この写真は戦後の風景ですか?
by mincer (2007-05-20 03:45) 

kane

20分の死闘、いったい何匹のハエを撃墜したのでしょう?
by kane (2007-05-20 07:28) 

アズサ

スナフキンさんに座布団を差し上げたいです。
by アズサ (2007-05-20 10:37) 

スナフキン

先週、週一回のブログ更新をついに挫折。
そしてやっと書いたのがこの記事。
温かい目で見てやってください。
by スナフキン (2007-05-20 12:45) 

Erin B

網戸があればいいのにねぇぇぇ
インドに行くときはハエ取り紙を持参することにします。
by Erin B (2007-05-20 18:36) 

ハエなんて子供の頃は日常でした。
ゴムぞうりやスリッパは風が発生しますので、
通常でも身軽なハエにとっちゃカミカゼみたいなもんです。
やはりアミになっているハエたたきは
偉大な発明と言わざるをえません。
by (2007-05-20 21:33) 

naonao

私もマナリーに何度か行ってます。ヴァシストいいですね。温泉なんかもありますしね。朝一番によく温泉に入ってました。ハエがそんなにいた記憶は私にはありません。何月ぐらいですか?
by naonao (2007-05-20 22:07) 

インド・マナリーの屋根裏部屋での
ハエ畜生とのバトル、ええ感じです。
最後のオチも好きです。ベリーアッチャージャパニー!
by (2007-05-22 11:48) 

gaucho

最後の一文を読んでnice!を押すのをためらってしまいましたよ。
by gaucho (2007-05-24 01:19) 

takepii

はえぬきのハエとの戦闘。
確かに、はえはうっとおしいです。
でも、窓を開けて春を満喫するのは、本当に
至福でしょうね。
ハエと格闘してもいいから、少し風に吹かれたいものです。
by takepii (2007-05-26 07:51) 

kk123456

ハエヌキって違う意味かとw
巨人ファンなので。
by kk123456 (2007-05-27 13:11) 

こころん

私も、旅の途中で出会った、(上にいます)naonaoさんと
マナリーで同じ宿に泊まった事があります。ヴァシストに
向かう途中の(確かチベタンのやっている)宿で、とても
こぎれいでハエは居ませんでしたが、夜にかなりいっ
ちゃってる外国人パッカーが窓の外をうろついたりして、
かなり怖い思いをした事があります。
by こころん (2007-06-02 13:48) 

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